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AOM 濱野 望登 様 Vol.5



濱野望登 38歳

株式会社かくれが 代表取締役





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1、なぜこの仕事を?


1986年、治療家・濱野雅通のもとに私は生まれました。三兄妹の次男として育ち、毎日サッカーに明け暮れる少年時代。


「誰よりもうまくなりたい」

「一番になりたい」——その一心で

泥だらけになりながらボールを追いかけていました。

努力を重ね、結果を出すほどに


「自分が正しい」

「自分はすごい」そんな風に思い込み

いつしか心のどこかで周りが見えなくなっていたのかもしれません。


学生時代は、3度の骨折。

何度も怪我を繰り返すたびに、

治療をしてくれたのはいつも父でした。そんなある日、高校1年生の時。

忘れもしない出来事が起こりました。

練習前、イスの下に置いたすね当てを取ろうと屈んだ瞬間——「グキッ!」という音とともに

全身に走った激痛。動けないほどの痛みの中、這うようにして父の治療院へ向かいました。

その日、初めて父の治療院の中に入りました。待合室は、多くの患者さんであふれかえり

その一人ひとりの表情には「信頼」「安堵」がありました。


そして、父の施術が始まると、不思議なほど痛みが和らいでいく。

あの瞬間の衝撃と感動は、今でもはっきりと覚えています。

父の手が生み出す“癒し”を目の当たりにし、「人の苦しみを軽くできる仕事があるんだ」

心の奥が熱くなりました。

気づけば、サッカーの道ではなく、父の背中を追いかけて——私は“治療家”という人生の道を歩み始めていました。








2.ジブンらしさを見つけた経験について



18歳でこの世界に飛び込み、治療家としての経験を積んだ私は、23歳の時に

「もう独立してもやっていける」と自信を胸に開業しました。

けれど、現実はそんなに甘くありませんでした…

1年目は思うように集客できず、貯金は減り続け、心は焦る一方。

真っ白な予約表を見るのが怖くて、そこに有名人の名前を書いて気を紛らわせた日もありました。



「なぜうまくいかないんだろう」自信は砕け散り、家族を心配させ、心が折れそうな毎日。

そんなある日、ふと心の奥から声が聞こえました。



「自分が変わらなければ、何も変わらない」



その言葉をきっかけに、集客方法から治療スタイル、自分の在り方まで、すべてを見直しました。

試行錯誤を繰り返すうちに、少しずつ結果がついてくるようになりました。


結果が出始めると、まるでサッカーをしていた頃のように


「誰かに勝ちたい」

「もっと上に行きたい」という競争心が再び燃え上がりました。


社員を採用し、事業を拡大。

でも、その先に待っていたのは、“人”が離れていくという現実でした…

最悪の年は、離職率95%。

今振り返れば、あの頃の私は、社員を“仲間”ではなく「会社を回すための駒」として見ていたのだと思います。



このままでは、またすべてを失う。

そう感じた瞬間、初めて“経営”ではなく“人”と向き合う覚悟が生まれました。

人としてどうあるべきか。仲間とどう関わるべきか。

その答えを探しながら、新たに掲げた理念は——


「社員やその家族、患者さん、そして会社みんなが喜ぶ会社」


その日から、少しずつ、社内の空気が変わり始めました。

社員の笑顔が増え、会話が増え、職場にあたたかい空気が流れるようになったのです。

そして気づきました。


“本当の成長とは、誰かに勝つことではなく、自分自身が変わることから始まる”——と。








3.仕事で意識していることは



私自身の考え方が変わったことで

社内の雰囲気も少しずつ明るくなり

患者さんから口コミやリピートをいただけるようになっていきました。


そんなある日、ふと心に浮かびました。


「治療家という仕事の、本当の目的は何だろう?」


「自分は、何のためにこの仕事をしているんだろう?」


会社を安定させることや、売上を伸ばすこと。

それは“結果”であって、“目的”ではない。

そう気づいた瞬間、心の奥にぽっかりと空いた穴を感じたのです。


その答えを探すように、私は自分の“原点”を思い出しました。



私を強く、健康に育ててくれた両親。

どんなに不安定な時期でも、信じて支えてくれた妻。

仕事に没頭する私を、そっと見守ってくれた家族。



——あの支えがあったから、今の自分がある。



そう思った時、胸の奥から“感謝”が溢れてきました。

今ある日常は、決して当たり前ではない。


そして気づきました。

患者さんもまた、身体の不調によって“当たり前の日常”を失いかけているからこそ、

私たちを頼って来てくださるのだと。


だからこそ、私がすべきことは

家族が私にしてくれたように

自分が持つ力を惜しみなく注ぎ

社員や患者さん

そしてご縁ある人々を健康で豊かな人生へ導くこと。



それこそが、私の仕事であり、人生の目的なのだと確信しました。



その日から、私の“働き方”も変わりました。


仲間が成長できる環境をつくること。

患者さんの人生を前向きに変えられる技術と人間力を磨き続けること。

父から受け継いだ技術をさらに磨き上げ、

より多くの症例に対応できるよう勉強会を重ね、

社員全員で技術と想いを共有しています。



そして今は、社員一人ひとりが「自分の理想の人生」を描きながら、

主体的に働ける仕組みづくりにも力を入れています。


そんな社員たちが、

目を輝かせて仕事に向き合う姿を見るたびに、

心から嬉しくなるのです。



人が輝けば、会社も輝く。

その姿こそが、私の誇りです。

これが、私が仕事で意識していることです。







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先日は300人を超える人の前で講演を

その際にも、"濱野さんらしさ満載の一着" で!







4.The My Way から見た 濱野 望登 様とは



初めてお会いした時に


"とてもオシャレな方だな"


そう感じました。





旬なアイテムを

ジブンらしく着こなしておられる!

とてもファッションの感度が高い方だと。





自分が東京へ出張に行くようになり

お会いする機会が増えたことで

いろんな刺激を受けています!





ビジネスの考え方

人との付き合い方




その当時自分が悩んでいたことを

親身に聞いてくださり

アドバイスをいただいたことは

これからもずっと忘れることはないでしょう。




濱野さん自体も

同じような経験をし今があると

言われていたこと

そして長年自分を頼ってくださること

何より嬉しく思っています





これからもお客様に

必要とされ続けるように

お互い刺激し合いながら

成長して前に進んでいきたいと思います!




いつも本当にありがとうございます!





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